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生活,mono-ihu,音楽 2011年08月03日 mono-ihu トラックバック:0コメント:0

mono-ihuは、一つのキーワードを音楽・文章・人物・映像などから多角的に観察し、その本質を明らかにしようとする試みです。
というか言葉足らずがものを語ろうとするときには多くを語る以外に方法がないのです。そういうことです。


一週目は『生活』「もの云う音楽」。まずは定義に目を通してみる。

生活(せいかつ、life)は、人が生きている限り、その命を維持し、育むために行っている必要不可欠な活動のことである。
基礎となる「衣食住」の他、日常生活動作という名でいうようなものや、働くこと、余暇を営む、コミュニケーションをとり、生きることの中に積極的な意義を見出し、
それを喜びとする営み、職業生活と私的生活、また、その間の社会的な生活といった分野にまたがるもの全てをいう。(wikipedia)


音楽というフィルターを通して見た生活
音にかぎって言えば、僕たちはありとあらゆるものに取り囲まれています。人の声、雑踏の喧騒、諸々の機械音、移りゆく季節の自然が発するざわめき。それこそ、文字に起こそうとすればきりがないほどの音。しかし、これらは僕が能動的に選んで聴いているものではない。聞かざるをえない、受け取らざるをえない音です。

では、それとは逆に自分で、あえて聴こうとする音とはどんなものなのか。

人が恣意的に音を聴こうとするとき、当然ながらも、その選択肢は個人の主観によって様々に異なります。はじめの分かれ目は受け取らざるをえないものから選びとる音か、もしくは人の手によってつくり出され、パッケージされた音楽かの二択。前者はピントを合わせる対象にしぼられます。しかし、後者はどうでしょう。要因は複雑な様相を呈してくる気がします。たとえば、そのいくつかは心地よいメロディーであり、現在の気持ちを代弁してくれる歌詞でもあるでしょう。これらの多くに共通するのは人間の生理的な部分に影響されている、という点。つまり、積極的に音楽を聴こうとする意識は、どのように生活するか、という志向に由来しているのです。

阿部芙蓉美『ブルーズ』

ブルーズ

生活というキーワードを考えるにあたって、最初に浮かんだのが阿部芙蓉美さんでした。

[阿部芙蓉美/アベフユミ、1983年生まれ、北海道出身]
2011年8月24日ミニアルバム「町」リリース予定。表題曲となる「町」は、NHK総合で7月26日(火)より放送の向田邦子原作のドラマ「胡桃の部屋」(毎週火曜22時~、連続6回放送予定)のエンディング・テーマにも起用される。また、この夏は【RISING SUN ROCK FESTIVAL 2011 in EZO】【ARABAKI ROCK FEST.11】といった大型野外フェスへの参加予定している。(公式HPより)



言葉にしがたい切なさと決意が「開け放つ窓」などでアルバムの一貫した雰囲気を作り、その合間に挟まれた「on saturday」や「trip-うちへかえろ-」といった楽曲が宇宙の深淵を彩る星々のように光をちりばめる。不思議なことに、これらの曲は音楽を聴くぞ、という風に意気込んで挑むものではなく、前に述べたような受動的に聴いてしまっている音のイメージに近いのです。もちろん、電子音などあからさまな意図を感じないことや、彼女のとっている音楽のスタイルにも根拠はあるのでしょう。しかし、その一番の理由は彼女の声を張らない歌唱方法にあるように思います。

もともと声量が小さく腹式発声が苦手だった阿部に、作曲家の谷本新がアドバイスを与えて確立したのが、この歌い方なのだそう。囁くような独特の歌声が、その響きに合わせて背景の音楽と同化していくような感覚を抱きます。専門家ではないので、ただの音と音楽の差について言い及ぶことはできませんが、音楽を受動的な音として聴くことができたなら、音楽が生活に結び付いていく度合いも大きくなるのではないでしょうか。

音楽との接着点、深化する生活
では、どのようにしたら音楽は受動的な音へと変わるのか。そこには身体と音楽との距離が強く影響していると言えます。

ライブハウスのような大音量を出さなければ、音楽から直接の感蝕を確かめることはできないと思うかもしれません。音ととしての面だけを切り取って見てみれば間違いはないです。しかし、僕らは音楽を聴くための媒体には、なんども触れており、その手ざわりを知っているのです。それこそ暗い部屋の中でCDプレイヤーの電源を探り当てたり、視覚の外にあるウォークマンの再生ボタンを操作できてしまうほどに。

人は自分の行動の範囲内にいくつも生活の痕跡とも言えるマークを残していく。それは体の一部で触れること、自己の゛なごり゛を残すことです。なごりを残す回数が増えるほどに、身体との距離が近づくほどに物体はその属性を薄め、あたかも身体の延長線上にあるように感じるでしょう。言葉を変えれば、それが゛慣れる゛ということなのかもしれませんね。僕たちは知らず知らずのうちに媒体を通して音楽に触り、その一部を生活の中に織り込んでいるのです。


・・・・


さて、ここまで音楽という一つの面から生活を見てきました。この企画の主旨通り、別の角度へ移動することにしましょう。
二週目は『生活』に「もの云う書物」です。8月12日金曜の更新予定!
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